銚子ジオパーク推進市民の会

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ツール・ド・銚子半島マップ (2)

J

石尊社湧水と小畑池

高神コース
<〜マップ(1)から続く>

K

都波岐神社と南原遺跡

L

犬吠埼灯台

東海岸中部コース

M

犬吠埼の文学碑

N

犬吠埼の湧水

O

君ヶ浜

P

海鹿島の文学碑

Q

海鹿島海岸

東海岸北部コース

R

黒生

S

飯貝根の岩礁

銚子のとっておき

ツール・ド銚子半島 (2)

見どころ概要 (2)

 

 
J石尊社 <湧水の現状>


   

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K都波岐神社<庚申塔群と照葉樹林>

   

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L
犬吠埼灯台
<灯台・霧笛舎・波高計>

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 M 
犬吠埼の文学碑 <尾張穂草歌碑>


N
犬吠埼の自然湧水 <水源涵養地>

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 P 
海鹿島の文学碑 <国木田独歩詩>

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 R 
黒生 <黒生チャート>


 S 
飯貝根の岩礁 <一ノ島灯台>

J 石尊社湧水
       と小畑池

高神愛宕山の山麓の高神東町に鎮座する石尊社の導水口からは、透
水性の香取層を通過して、不透水性の愛宕山層の上面から湧出する地下
水が、勢いよく下の溜桝に落ちている(左写真参照)。

かつては今より水位が高く、上部の竜頭の口の部分から吐水し、石造
の滝壺へ落としていた(右写真参照)。ここの湧水は、近隣の水が涸れて
も涸れたことがないという言い伝えがある。

石造の滝壺の背面には、竜神=倶利伽羅竜王のレリーフがある。
また、竜頭の上部には不動明王のレリーフがある。

江戸期の関東地方では、不動明王を祀る大山(伊勢原市)の、雨降山
(アブリサン)大山寺(ダイセンジ)への「大山参り」が流行し、各地に「大山講」
と、雨乞いの石を祀る石尊社ができた。
高神の石尊社も、この時期に、大山寺から不動明王を勧請している。
明治の廃仏毀釈により、大山では大山寺が山腹に遷され、ご神体で
ある雨乞いの石(山頂に鎮座)を含む山の上部を、大山阿夫利神社の所有
とした。

石尊社から流れ出した水は、北側の小畑池に入る。小畑池は、周囲約
300m、平均水深約2mの江戸期に造られた溜池。
石尊社から小畑池にかけては、照葉樹林と水に恵まれ、野鳥が多い。

小畑池の西側堰堤からは小畑川が流れ出し、愛宕山の北麓を西に進
んで、名洗の集落付近で太平洋に注ぐ。小畑川の総延長は約3q。
K 都波岐神社
    と南原遺跡

高神愛宕山の南山麓、小畑川の北側の丘の上に鎮座する、高神原
町の都波岐神社には、「原の庚申様」と呼ばれる200基以上の庚申塔
群があり、銚子市内では最多。

当社に集められた庚申塚の多くには明和・安永・天明期の年号が刻
まれている。かつては、正月・五・九・十一月の庚申詣で、当社前の道
路は人々の往来が盛んだったという。

当社の由緒は不明だが、伊勢鈴鹿に都波岐神社が鎮座し、伊勢国
一ノ宮の椿大神社(ツバキオオカミヤシロ)の祭神が猿田彦命であること、当社
の庚申信仰を考え併せると、当社の祭神も境界守護の神=猿田彦命と
見做せる。

社殿には細やかな彫刻が施されており、境内は照葉樹林に覆われ
ている。

当社向かい側には「銚子陣屋代官庄川杢左衛門頌徳碑」がある。
都波岐神社の丘の続き、西端には「南原(ミナミハラ)遺跡」がある。
古墳後期〜奈良〜平安期の遺跡で、土師器が出土した。
この丘に遺跡を残した人々と、都波岐神社を建てた人々との関係は明
らかになっていない。
石狩市・紅葉山〜塩釜神社〜銚子・都波岐神社のラインと室蘭市・
鷲別岳〜息栖神社ラインは、蝦夷の主要拠点を結ぶ。
古代、「北のシルクロード(草原の道)」からロシア沿海州を経由して渡
来した、騎馬民族の出雲系氏族が、このルートで南下し、銚子からは
西進して、飛鳥に古墳時代〜白鳳時代の文化を築いたとされる。
岐(フナド)の神=猿田彦を祀る都波岐神社が、日本列島の屈曲点=銚子
にあるのは、偶然には見えない。
L

犬吠埼灯台


犬吠埼の台地東端、標高約20mの地に立ち、国内24番目の「第一
等洋式灯台」として、明治7(1874)年に竣工した。
英国人技師ヘンリー・ブラントンが設計し、二重円筒形の構造を持ち、
壁面には国産煉瓦19万3千枚を使用した。九十九里浜に因んで、99段
の螺旋階段を持つ。

当初は、米国の捕鯨漁船の便宜を図るための米国の要求を受けて
建設されたが、岩礁の多い犬吠埼周辺の航行に、今も役割を担う。

灯台は高さ31.3m、海面から灯火までは51.8m。光度110万カンデラ、
15秒毎に1閃光し、光達距離は19.5海里(約36km)。焦点距離920mm
の、第1等フレネル式レンズを使用した、日本に6ヶ所しかない第1等灯
台の1つ。国の登録有形文化財。

太平洋戦争では、終戦間際の1945年7月〜8月にかけて、犬吠埼
灯台は、戦闘機による爆撃や機関砲の攻撃を受け、レンズの一部を破
損し、8月10日には職員1名が殉職した。

隣接する「旧犬吠埼霧信号所霧笛舎」は、1910年に竣工した鉄造建
物で、創業間もない八幡製鉄所(現・新日本製鉄)製の鋼板を使用した。
吹鳴(発信する音)は、圧縮空気を噴き出すエアーサイレン方式で、「モ
ウ」と聞こえ、銚子市民には「牛の声」として親しまれてきた。
霧笛舎は、97年間休まずに運用されてきたが、船舶用レーダーやGPS
が普及したことを理由に、2008年3月、廃止された。

隣接する「無線航空陸上局」は、中波標識局(有効範囲200km)と、
DGPS(ディファレンシャルGPS)局を兼ねている。
犬吠埼のDGPS局は、全国27カ所のDGPS局の1つとして、送信出力
75W、伝送速度200bps、局から200km以内に送信している。

隣接する「犬吠埼灯台資料展示館」には、初代の犬吠埼灯台レンズ
(フレネル式第1等8面閃光レンズ)等が展示されている。
M

犬吠埼の文学碑 


犬吠埼周辺には、明治・大正・昭和初期を通じて、多くの文化人が
逗留していた。当時の面影は薄れたものの、今は、各所に文学碑を見
ることができる。若山牧水歌碑・高浜虚子句碑・尾張穂草歌碑・佐藤春
夫詩碑がある。

若山牧水の歌碑は、犬吠埼灯台の南崖下にある馬糞池の奥の犬
吠砂岩の高い崖の一部に黒御影の碑板を嵌め込み、銚子訪問時の歌
3首を刻む。歌碑に通じる遊歩道は、岩に亀裂が入り現在は通行止め。
 
高浜虚子の句碑は、マリンパーク前の、酉明浦の向こうに長崎鼻を
望む高台の景勝地に建ち、『犬吠の今宵の朧待つとせん』が実現する。

尾張穂草の歌碑は岩山の中腹にある。句は、出身地である銚子市
黒生町産の古銅輝石安山岩に刻まれている。

佐藤春夫の詩碑は岩山の上にあり、大きな自然石に縦40p・横60
pの石板が嵌め込んである。
N

犬吠埼の湧水


犬吠埼の台地斜面の導水口からは、透水性の関東ロームや名洗
層を通過して、不透水性の白亜紀の犬吠埼層の上面から湧出する地
下水が、勢いよく下の溜枡に落ちている。
O

君ヶ浜


日本列島誕生の謎を解く〜東の岩礁

君ヶ浜の沖合では、中生代白亜紀前期に属する銚子層群の君ヶ浜
層が見られる。

君ヶ浜層は、主として砂岩と泥岩の互層から成り、琥珀や、シダな
どの植物化石、アンモナイトやトリゴニアなどの動物化石を含む。

君ヶ浜は、夏場に濃霧の多発地帯で、かつては「霧が浜」と呼ばれ
ていた。また、砂浜と松林の景観が明石の舞子浜に似ているとして、
「関東舞子」と呼ばれたこともある。
P

海鹿島の文学碑 


海鹿島周辺には、明治・大正・昭和初期を通じて、多くの文化人が
逗留していた。当時の面影は薄れたものの、今は、各所に文学碑を見
ることができる。銚子生れの国木田独歩を始め、竹久夢二・小川芋銭・
尾崎萼堂など、銚子ゆかりの文人達の碑がある。

国木田独歩の詩碑は、巨大な海鹿島礫岩の自然石に、『山林に自
由存す』の碑板を嵌め込んである。
 
竹久夢二の詩碑は、コンクリートに青銅製の碑板を嵌め込んであり、
碑面には、夢二直筆の『宵待草』の原詩と夢二の肖像がある。
海鹿島から君ヶ浜にかけての海岸の砂地には、今も、夏になれば夕闇
の中に可憐なマツヨイグサが、明かりを灯したように咲く。

画家・小川芋銭の句碑、は岩山の中腹に直接刻まれており、句は、
今上天皇の誕生を祝う。

憲政の神様・尾崎萼堂の歌碑は林の中にあり、犬吠埼の瑞鶴荘
(旧伏見宮別邸)で詠んだ歌が、短冊を基にして刻まれている。
Q

海鹿島海岸


日本列島誕生の謎を解く〜東の岩礁

海鹿島海岸は、地形を異にする2つの地域からなる。
北部は、無数の岩礁からなり、かつては「伊勢路ヶ浦」と呼ばれていた
が、「伊勢路」は「磯路」の訛りとされる。
南部は、弓なりにカーブした砂浜で、海水浴場となっている。

白亜紀前期の銚子半島の東海岸では、愛宕山層群の黒生チャート
や高神礫岩などの露頭が浸食され、これらを含む礫岩が、東海岸沖の
堆積盆に堆積した。これは、銚子層群海鹿島層の下2層において、各
層下部に堆積し、海鹿島礫岩と呼ばれる。
海鹿島礫岩は、銚子層群の基底礫岩と呼ばれることもある。

海鹿島周辺の岩礁地帯から小畑町の畑地までの広い範囲で、海鹿
島層の礫岩、すなわち海鹿島礫岩が見られる。

江戸期に、田中玄蕃が、伊勢路ヶ浦に水路や防波堤を築き、一旦は
津波で破壊されるも、子孫が再建した。干潮の時には、田中玄蕃が築
いた湊が姿を現す。

伊勢路ヶ浦には、多い時には200〜300頭ものアシカやトドが生息し
ており、地名の由来ともなった。特に「平島」は、島の上が平らで、アシ
カが多く休んでいたという。       
明治30年頃までは政府が狩猟を禁じて保護していた。その後、毛皮や
肉を目的に、海岸の高い位置から銃で狙い撃つ者が増え、絶滅した。
R

黒生


日本列島誕生の謎を解く〜東の岩礁

黒生海岸には、古生代ペルム紀に属する頁岩の露頭があった。頁
岩は断層による破砕・地下水の浸透・風化により黒色粘土化した。
江戸期にはこれを焼いて、三河地方と並ぶ2大瓦生産地となったが、
今は資源が枯渇した。
 
沿岸の埋立地には、海洋プレート由来の、中生代ジュラ紀愛宕山層
群に属する付加体の黒生チャートが露頭する。かつては、黒生チャート
の長い崖があったが、水産加工団地の造成工事で失われた。
チャートは、4千m以上の深海底に堆積した放散虫(プランクトン)の殻
で、90%以上の二酸化珪素(SiO2)を成分とする、細かな繊維状石英で構
成される堆積岩。
黒生チャートの大半は、三畳紀の中でも、生物大絶滅直後の2億5千万
年前後の酸欠時代の海底に堆積したため、含有鉄分の色を反映して、
2価の鉄イオンの薄緑色をしている。
黒生チャートは、黒曜石より硬く、古代人に火打ち石として利用され、
粟島台遺跡から発見された。

黒生海岸の岩礁には、新生代新第三紀中新世に属する古銅輝石
安山岩が噴出し、板状節理を成す。この時代には、銚子半島東側の海
岸部に海山(火山)列があったとされる。
S

飯貝根の岩礁


日本列島誕生の謎を解く〜東の岩礁

飯貝根(イガイネ)の岩礁には、新生代新第三紀中新世に属する古銅
輝石安山岩が噴出し、板状節理を成す。この時代には、銚子半島の東
側の海岸部に海山(火山)列があったとされる。

利根川河口の運河掘削に伴い、多くの岩礁が消滅した。現在は、
一ノ島〜四ノ島が残り、一ノ島には灯台がある。


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J石尊社 <2001年当時の湧水>


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K縄文〜白鳳の世界地図2
<カスピ海から日本海まで一直線>

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犬吠埼灯台
<中波無線標識局 & DGPS局>


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犬吠埼灯台資料展示館
<第1等フレネルレンズ>

 


 M 
犬吠埼の文学碑 <高浜虚子句碑>

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O
君ヶ浜 <犬吠埼灯台側から>


 P 
海鹿島の文学碑 <小川芋銭句碑>

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 Q 
海鹿島海岸 <沖の岩礁>

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 R 
黒生 <古銅輝石安山岩>

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